封神演義について

封神演義とは

『封神演義』とは、中国“明”の時代に執筆された古代小説。『商周演義』、『封神伝』、『封神榜』、『封神榜演義』ともいう。史実の殷周易姓革命を舞台に、仙人や道士、妖怪が人界と仙界を二分して大戦争を繰り広げるスケールの大きい作品である。文学作品としての評価は高くないが、中国大衆の宗教文化・民間信仰に大きな影響を与えた。

ナタとはどんな神か

哪吒(ナタ)は元々、道教で崇められている少年神。中国仏教やヒンドゥー教の民話・説話の登場人物であり、中国の民間小説『封神演義』『西遊記』にも登場する。中国人なら誰もが知っている、わんぱくで自由な少年神だ。蓮の花や葉の形をした衣服を身に着け、乾坤圏<けんこんけん>(円環状の投擲武器)や混天綾<こんてんりょう>(魔力を秘めた布)、火尖鎗<かせんそう>(火を放つ槍)などの武器を持ち、風火二輪(二個の車輪の形をした乗り物。火と風を放ちながら空を飛ぶ)に乗って戦う。

『封神演義』を知らない方のために、関西大学文学部 二階堂善弘教授・明治大学法学部 加藤徹教授に分かりやすく解説して頂きました。
『ナタ転生』を観る前の予備知識として、是非ご一読ください。

『ナタ転生』と『封神演義』

関西大学文学部 二階堂善弘

400年前に書かれた神話小説『封神演義』の物語は、何度も演劇などにアレンジされて上演されてきました。現代でも、多くのドラマや映画が作られています。そして、2021年にはこの『ナタ転生』が3Dアニメ映画として公開されました。

ただし舞台は近現代というか、1930年代の上海を思わせるような架空の都市となっています。このアニメの見どころのひとつが、このサイバーパンクな都市の描き方でしょう。そして、実写を彷彿とさせるようなキャラの動き。3D技術の進化を感じられる映像です。

主人公の李雲祥がバイクに乗っているのは、当然、『封神演義』の哪吒(ナタ)が二つの輪に乗るのを踏まえているわけです。実は、こういう連想をする人は以前からいて、哪吒は「元祖二輪族」のようにいわれます。そして李雲祥が哪吒の転生というわけです。

この映画は、『封神演義』のストーリーがわかっていると、よりいっそう楽しむことができると思います。中国ではほとんどの人がストーリーを知っているため、多くの人が、「そうきたか!」という目で楽しむことができるのかもしれません。

ここでは日本人の観客のために、ちょっと『封神演義』の哪吒の話を紹介します。

中国古代、殷(いん)の時代、天命は次の王朝の周に移ろうとしていた。天の意思として、その殷と周の争いに参加した者たちを、天界の神の職に当てることが決まっていた。そして、その神の名が記されているのが「封神榜(ほうしんぼう)」である。

哪吒は殷に仕える武将のひとり、李靖(りせい)の第三子として生まれた。兄は金吒(きんた)、木吒(もくた)である。李靖は三年六ヶ月も胎にあり、その後肉の玉として生まれた哪吒を妖怪ではないかと思ったが、仙人の太乙真人(たいいつしんじん)の弟子としたことで一安心する。生まれたとき、混天綾(こんてんりょう)と乾坤圏(けんこんけん)という宝器を持っていた。

しかし哪吒は殷を滅ぼす武将となる運命のためか、とんでもない暴れん坊であった。七歳になると、川で水遊びをしていたときに、東海龍王の手下と争うことになる。そして巡海夜叉の李艮(りごん)を殺し、さらに東海龍王の三太子である敖丙(ごうへい)をも殺す。父親の東海龍王も殴られることになる。

さらに哪吒は伝説の時代の弓矢を持ち出し、石磯娘娘(せっきにゃんにゃん)の弟子を撃ち殺してしまう。石磯娘娘は怒り狂って哪吒に迫るが、現れた師匠の太乙真人に返り討ちにあってしまう。

恨んだ東海龍王は、四海龍王すべてを引きつれて復讐に来る。李靖はこれを恐れ、哪吒を殺そうとする。哪吒は責任を取るとし、刀を取って自害する。

その後、哪吒の魂は師匠の太乙真人の力により、蓮華を借りる形で復活する。哪吒は父の李靖を仇と思い、これと争う。しかし燃灯道人(ねんとうどうじん)という仙人が来て、親子を和解させる。哪吒はのちに、周の武将となり、殷を滅ぼすために大活躍する。

この話はのちに神話として扱われ、哪吒は中華圏のあちこちで神さまとされます。中国の各地、またシンガポールやマレーシアに行っても、多くの哪吒を祀る廟(神社のような場所)を見ることができます。日本でいえば、ヤマトタケルのような扱いでしょうか。

『西遊記』にも哪吒は登場します。孫悟空が天界で大暴れをするとき、討伐を任される天界の武将のひとりが哪吒です。

あちこちの物語を見ていますと、哪吒はやはり暴れん坊で、『三国志演義』でいえば張飛みたいな人物です。考えなしにとにかく手が出るという形でしょうか。ただ、その姿はあくまでかわいい子どもなので、見た目とのギャップも大きいです。戦う時は三つの頭に六本の腕を出します。この『ナタ転生』でも何度も出てきますね。

『ナタ転生』はこの映画ひとつで完結していますが、どうも、3千年前の封神榜がやり直されるという、いわば「新封神榜」の物語の1作目という形のようにも思えます。

『封神演義』での「哪吒がいったん亡くなってからまた復活する」という物語を知っていると、この映画でのモチーフがさらに深く感じられるかもしれません。むろん、もうひとつ、「世の中はいろいろダメかもしれんが、考えずにぶっ飛ばせ」といったメッセージも込められているように感じます。

またちょっと気になったのが、李雲祥という主人公の名です。というのは、この名は『封神演義』の序文を書いた、作者のひとりとされる人物とほぼ同名です。そこから取ってきたんですかね。

哪吒についてもっと知りたい方は、「哪吒太子」のサイトも見てみてください。

明治大学 法学部 加藤徹 教授

『封神演義』について​

日本人で人気がある中国の物語は、『三国志演義』も『西遊記』も『水滸伝』も『封神演義』も、原作は中国の明の時代(1368年-1644年)に成立した古典小説です。『封神演義』は、孫悟空や三蔵法師が活躍する『西遊記』と同様、神仙と妖怪たちの戦いを描くファンタジーです。今から3千年以上昔の中国。殷の紂王は、酒池肉林のぜいたくにふける残虐な暴君でした。正義の心をもつ周の文王とその息子の武王が立ち上がり、紂王と争います。周と殷のそれぞれの陣営に、神仙や妖怪たちも加勢して、人界から天界にまたがる壮絶な戦いを繰り広げる、というのが『封神演義』の物語の骨子です。

哪吒について

哪吒は『封神演義』と『西遊記』の両方に登場する神です。姿形は、人間でいえば幼稚園か小学校低学年くらいの男の子。性格は、大人の常識や善悪を超えたいたずらっ子。桃太郎のような勇ましさと、日本神話のスサノオのような荒ぶる心をもっています。心身の幼さに対して、魔法の戦闘能力は絶大。このアンバランスは、三蔵法師の弟子になる前の孫悟空と似ています。

哪吒のモデルには諸説があります。インド神話のナラクーバラや、ペルシャの戦神ヌザルのイメージが中国に伝わり、仏教や道教と混じりあい、中国の少年神になったと考えられています。信仰の対象としての哪吒とは別に、哪吒というキャラクターは、小説や芝居など創作の世界でも長い歳月をかけて練り上げられてきました。

永遠の反逆児

『封神演義』の哪吒は子供です。『西遊記』の孫悟空はサルです。2人とも、悪気はないものの、衝動をおさえられません。哪吒は東海龍王の息子や眷属と争って瞬殺し、その後、自決する羽目になります(後に蓮の花から復活)。孫悟空は天界に殴り込みをかけ、天帝をはじめお偉方をぎゃふんと言わせますが、最後はお釈迦様の掌におさえつけられます。

孫悟空は觔斗雲に乗り、如意棒をふるいます。哪吒は「風火二輪」に乗り、輪投げの武器「乾坤圏」、リボンのような「混天綾」、火を吹く「火尖鎗」などの魔法の武器を使います。日本語で「八面六臂の活躍」と言いますが、哪吒も孫悟空も、戦闘モードになると阿修羅像のような恐ろしい「三面六臂」の姿になります。

中国の道教では、民衆に人気がある孫悟空と哪吒は、それぞれ斉天大聖という神、中壇元帥という神として、信仰の対象にもなっています。

昔も今も、反抗期の子供や青少年は、孫悟空や哪吒の「理由なき反抗」に共感します。実は大人も、心のどこかで、反逆児の自由さにあこがれています。

転生してきた哪吒

こういうわけで、哪吒というキャラクターは、昔は芝居の舞台や語り物の中で、近現代では特撮映画やアニメ、テレビドラマ、漫画などの中で「転生」を繰り返してきました。

日本では、先代の市川猿之助(俳優の香川照之氏の父親)のスーパー歌舞伎「龍王 リュウオー」(平成元年)や、週刊『少年ジャンプ』に連載された漫画『封神演義』(1996年-2000年)などの哪吒が有名です。

中国では哪吒を主人公とするアニメ作品はとても多く、どれも時代にあわせたアレンジがなされてきました。哪吒の衣装のモチーフも、作品によって白蓮だったり紅蓮だったりします。ちなみに紅蓮は、日本のアニメソングでも「紅蓮の弓矢」や「紅蓮華」など不屈の情熱の象徴として人気です。

中国アニメの爆発的エネルギーを象徴する作品『ナタ転生』では、哪吒は、どんなデザインの「風火二輪」にまたがるのか。濁った世の中でまっすぐに咲く白蓮の哪吒か、それとも、全てを焼き尽くす紅蓮の哪吒か。永遠のライバルで黙契的盟友でもある孫悟空とのからみは、今作でもあるのか。

ネタバレは自粛しますが、今回も哪吒というキャラクターは、新しい形で見事に転生を果たします。ぜひ、お見逃しなく!